2014年02月28日

第1回:セルゲイ・ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番 第1楽章」

巷の気になる音楽をピックアップし紹介していくブログです。


ここ最近テレビで目にするものといえば、ソチオリンピック。
そして冬季五輪の華といえば、やはりフィギュアスケート。
その中でも今回は、浅田真央選手がフリーで滑った「ピアノ協奏曲第2番」に注目する。

セルゲイ・ラフマニノフ。1873年に生まれたロシアの作曲家である。
14歳から順風満帆に作曲家の道を歩んできたかのように見えた彼だったが、自信作であったはずの「交響曲第1番」の初演は大失敗。
酷評され、さらには愛する人も失い、一時は作曲すらできなくなるほどの失意と絶望に陥る。
闇の中でもがき苦しみ葛藤する中、様々な人と出会い、徐々に自信を取り戻し、生み出したのが
この「ピアノ協奏曲第2番」
初演は大成功し、再び名声を得る。
彼の復活の楽曲でもあった。


浅田選手が19歳の時、バンクーバー五輪で演じた曲が、このラフマニノフが19歳の時に作曲した「鐘」。
そして浅田選手の集大成とも言えるべきこのソチ五輪で演じた曲が
ラフマニノフの復活と成功の楽曲でもあった「ピアノ協奏曲第2番」。
「ピアノ協奏曲第2番」は、ロシア正教の「鐘」を表わすピアノの独奏から始まる。

バンクーバーからソチまでの4年間の苦しみから復活への曲でもあり
前日のショートからフリーへの復活の曲となった。
ラフマニノフと浅田選手の人生、これほど面白く奇妙な符号もない。

フリーを演じた浅田選手は、青い炎をまとった戦士の様でもあり、臭い言葉で書いてしまえば翼の生えたペガサスのようにも見えた。
ジョニー・ウィアーが言っていた、「これこそがフィギュアスケートを愛する理由なのだ」と。
挫折と復活、苦しみと喜び。
浅田選手のスケート人生を全て詰め込んだような、まさに集大成と言える2日間だった。
きっとあと何十年もたったとき、こんな素晴らしい光景を、リアルタイムで体感できたことの幸せを再び噛み締めるに違いない。
・・・最後に、一介のファンに戻って言わせていただく。真央ちゃん、本当にありがとう。

閉会式では、この「ピアノ協奏曲第2番」「シェヘラザード」「仮面舞踏会」と
これまた浅田選手のこの4年間を思い出させてくれるラインナップとなり、
ファンには嬉しい限りであった。

調べてみたところ、エレクトーン用の楽譜もいくつか発売されているよう。
浅田選手の演技を頭に浮かべつつ弾いてみるのもまた良いのでは。
弾きながら、きっと泣いてしまうだろうけどね。

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posted by sumi at 00:30| Comment(0) | 音楽日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする